最終改訂 2014.1.1
【 馬耳東風 】
※「公主月奇譚」結末十五「山の端は朝焼けに染まる」後の話です。
ネタバレを含んでおりますので、まだクリアされていない方、クリアしたけど嫌な予感のする方は、お読みにならないことをおすすめいたします。

お読みになる方のみ、スクロールしてください。




















 まさに、馬のせいだった。

 銀蓮に連れられ――気を失った間に後宮から(かどわ)かされ――見知らぬ山奥に連れられて、私が何の抵抗もしなかったわけがない。
 たとえ、どんな風に脅されようと……。

 けれどそんな抵抗をする力を失ったのは、馬のせいだった。

 銀蓮は私を馬に乗せて、運んでいく。手を後ろに縛られた私に、逃げる術はない。……逃げたらどうなるか、銀蓮に言われたこともあるけれど……。

 馬は揺れる。乗ったことのなかった私は、次第にヒリヒリした痛みに変わることを知らなかった。

(……っ、揺れるたびに、お尻が痛くてたまらない。
 もういや、馬なんて降りたい……)

 拐かされたことを糾弾するよりも、いま、断続的にやってくる痛みから逃れる事の方が大事になっていた。

「どうしましたの? 先ほどからずっと静かですけれど」

 手綱を操り、何てことのないような顔をして私を心配する銀蓮……今の銀蓮だったら、言っても大丈夫だろうか。

「……まだ、馬に乗り続けるの?」
「そうですわね。一刻ほど行きましたら町がありますから、そうしたら宿に泊まりましょうか」
「一刻……もっと近くに町はないの? それか、今すぐにでも休憩を取って、馬から下りるとか……」

 一刻なんて待ってられないくらいに、痛みはひどくなるばかりだった。

 銀蓮は後ろから、低い声で私に問うた。

「何を考えてらっしゃるのかしら。もしかして……逃げよう、とか?
 まさか、ねえ。そんなことありませんわよね?」

 いつもよりずっと低い声が、ぞっとする響きで私の耳元でささやかれる。

「そうなれば、わたくしは先日お話したとおり、貴女をそうさせないために、傷つけなければいけませんわ。
 ここなら逃げられそう、とでもお思いになった? そう判断された目をくりぬくことにいたしましょうか。
 それとも、走り逃げられるとお思いになった足の間接を外すことにしましょうか。
 どちらが貴女の逃げる希望を砕くのか……悩ましいところですわね」

 どこに隠し持っていたのか、銀蓮の帯の中から、小さな刀が出てきた。

 悲鳴を必死にこらえ、私はあわてて否定する。

「逃げようとなんて考えてないわ!
 ええ、もう途中で降りようなんて思わないから! ね、一刻走って、宿に行きましょう。
 もちろん、そこで逃げようなんて考えていないから、ね」

 銀蓮はじっと私のことを見ていたが、微笑んだ。

「ええ、それでは馬を急がせましょうか」

 それが私の痛みに更なる負担となることがわかっていながら、こくこくとうなずくことしかできなかった。


  *   *   *

 銀蓮の言ったとおり一刻後、宿にたどり着いた私は、体力の限界にあって、立っているのがやっとの状態だった。

「宿の主人と話してきますから、貴女はここにいてくださいね」

 銀蓮がそう言って宿を取るため主人と話し込み、宿の外で立つ私から背を向けた。

 ……もちろん、ただ単に私から離れるわけはない。
 私の手足は縄で結ばれ、容易に逃げられない状態だ。

 町の人は、何とも思わないのかしら。こんな風に扱われる人を見て……。
 助けようとは、思わないのかしら。

 そんな風に思い、懇願の意味を込めて町の人を見るけれど、冷たいまなざしを向けるだけで、立ち去っていくばかりだった。

 なんて、なんて冷たいの……。

 ふいに、宿の側に馬車が止まる。
 その中には、たくさんの人が押し込まれている状態だった。

 どこか遠くに行くところなのかしら。

 そう思いながら見ていたら、中にいた一人の女性が私に気づき、話しかけてきた。

「あんたも、売られたんだ?」
「え?」
「うちらはさ、これから売られるところ。この馬車の中にいるのは全員、人買いどもにさらわれてきた奴らさ。どこかで売られるんだろうね……」

 そのときようやく、その馬車が人買いに売られる人たちの乗るものだとわかった。
 ちゃんと中を見てみると、絶望に涙する親子や、放心している人たちばかりだった。馬車の外には逃げ出さないよう、見張っている人もいる。

 どうやら縛られていた私は、彼女に同じ待遇……人買いに売られるところだと思われたらしかった。

「あんたはどこから来たの?」
「み、都、から」
「そう。それは遠くから来たね。うちらと同じように、馬車に乗って?」
「いいえ。気づいたら山の中にいて……それから馬に乗せられて、ここまで来たのよ」
「馬か……。馬車よりも良さそうだね。こちらは人がぎゅうぎゅうに押し込められて、つらいものだから」
「そんなことないわ。もう、馬なんて嫌。
 馬に乗るくらいなら、歩いた方がどれだけいいか。
 明日、歩かせてくれって、言おうと思っているの」

 もう、馬に乗るのは限界だった。どんどんひどくなる痛みで、意識がもうろうとし始めているくらいだ。

「そんなことは言わない方がいい。
 馬に乗らないことになったらどうなるか、想像できないのかい?」
「馬の側を歩くのでしょう?」

 銀蓮が馬に乗り、私が側を歩く。そんなことを想像する。

「馬鹿だね。うちらは人扱いなんてされやしないんだよ。
 馬から縄で引きずられるようなことになるよ。引きずられるだけでなく石や木にぶつかって、全身がどんな怪我を負うか……生きていられるものかね」

 その光景が目に浮かび、ぞっとする。

「おとなしく従っていくしかないんだよ……うちらはさ」

 人生を諦めきった彼女の言葉に、振り払うように首を横に振る。

「そんな、そんなことはないわ! だって、私は……このままで終わるわけがないもの!
 天龍が、助けに来てくれるはずだもの……!」

 天龍。
 ずっと助けにきてくれることを信じていた。
 きっと天龍なら、すぐに来てくれる。
 皇帝の力を使って、私を見つけようと、国中を探していてくれる。

 ああ、戻りたい……。
 後宮へ戻って、平和に暮らしたい……。
 天龍や、世鏡と一緒に笑っていたあの頃が、どれだけ貴重なものか、今は骨身にしみている。
 後宮を走り回り、天龍があきれながらも付き合ってくれて、一緒にいてくれた日々が、どれだけ輝かしいものだったか。

「その天龍っていうのは、あんたの旦那? 恋人?」
「え? そんな、まさか」

 相づちを打つように何も考えずそう答えて、はっとする。

 『そんな』『まさか』って……。
 私と天龍は、好き合っていて、口づけをかわした仲だというのに、私はどうしてそんなことを言ってしまっているのだろう。
 弟という身でありながら、苦しみながら私を好いてくれる天龍にひどいではないか。
 そう思いつつも、その関係を肯定する言葉はどうにも違和感ばかりで、とても言えそうになかった。

「ふうん。じゃあ、家族か」
「ええ……。そう、弟よ」

 今度はするりと出てくる。

「まあどっちにしろ、諦めな。どんな奴だって、どうもできないんだ」
「そんなことないわ!
 天龍は、皇帝なのだもの!
 無理なことなんてないのよ!」
「は?」
「姉である私を、探し出してくれる……きっと、きっとよ」

 その人はあっけにとられていたが、一拍後、笑い出した。

「じゃあ、あんたは公主さまってわけかい? あははっ
 こりゃ傑作だね」
「そうよ。どうして笑うの」
「いやあ、都の冗談というのも面白いものだねえ。
 縄に縛られてるあんたが公主なら、うちは皇太后かな。
 それに、あの陛下(・・・・)が、姉とはいえ、人を助ける? そんなこと、あるもんかい」
「…………」

 本当のことを言ったのに、冗談だと取られたことは、私の胸の底に暗い影となって沈んでいった。

(公主なのに。本当に公主なのに……)

 ……山にいたときは、町に希望を持っていた。
 名乗れば、すぐに信じてくれて、丁重に扱ってくれて、助けてくれる。
 そんなふうに思っていた。

 それがどうだ。
 私は町中で縄に繋がれたままなのに、誰も助けてくれない。名乗っても信じてくれない。

 後宮の外では、人が人に縛られ連れて行くことが当たり前のように起こっているからだ。
 このままでは……。

(うっ……天龍……)

「お待たせしましたわね。さ、宿に行きましょう」

 銀蓮が私の手を引き、宿の一室に連れて行く。歩くだけでも痛くなってきていた痛みをこらえ、私は黙って従った。

   *   *   *

 翌日、私は何も言わずに馬に乗った。
 馬に乗らないなら引きずられる、という昨日の言葉が恐ろしかったのだ。
 今の銀蓮は、前までの銀蓮とは違う。そんなことを言い出してもおかしくないほど……怖いことを言うようになっていた。

 痛みは馬に乗っているときだけでなく、座るときや、衣類に触れるような何でもないときにまで、生じるようになっていた。

 場所が場所だけに見えないけれど、きっと赤く腫れているに違いない。

 けれど、誰に言えるというのか。
 銀蓮に?
 馬に乗らなくていいといって、馬に引きずられたら?

 痛みばかりが私を支配するようになっていて、もはや逃げるどころではなかった。一日のうちに何度も意識がもうろうとして、そんなことを考える余裕などない。

   *   *   *

「……最近、何を考えてらっしゃるの?」

 やっと宿にたどりついてほっとする私に、銀蓮はそう問いかけた。

「何も、考えてないわよ……」

 ようやく馬から下りられたのだ。ただ横になりたい。もう痛みをこらえて唇を噛みしめたくなどない。

 私は横になろうと(掛け布団)に手をかけようとしたところ、肩を銀蓮がつかんだ。

「夕餉も取らないつもりですの?」
「今日は、なんだかそんな気分でないから……」
「何を隠してらっしゃるの」
「何もないわ……」

 やんわりと銀蓮の手を振り払い、私は横になる。

 けれど、襦裙が少し肌に当たることにすら痛みを呼び起こす。

 私は思いきって、服に手をかけた。

「な、何をなさっているの」
「……服を脱いでいるのよ」
「どうして」

 裸のまま眠った方が、痛みはきっとない。
 そんな理由は言えないから、私はでっち上げた。

「…………。実は後宮ではいつも裸で眠っていたの。習慣なものだから……構わないでしょう? 眠るときだけだから」
 
 貴族の娘である銀蓮には受け入れがたいことだったのだろう。
 険しい顔をして、そらしている。

 銀蓮が文句を言う前に全てを脱ぎ捨て、(掛け布団)に丸まる。

 この旅路の不幸中の幸いは、共に暮らす銀蓮が女性だということだわ、と思いながら、私は眠りについた。

   *   *   *

 夢を、見た。

「姉上、ねえ姉上……」

 優しく呼ぶ声が聞こえ、振り返ると、そこには天龍が立っていた。

「天龍!」

 走り寄って、その裾を握る。

「天龍、会いたかったわ!
 どうしてすぐに見つけ出して、助けてくれなかったの?
 待っていたのよ」
「ごめん、姉上……。
 たくさんの人を使って、国中を探させているんだよ?
 必ず、必ず、探し出すから……」
「そう……わかったわ。じゃあ私はそれを待ってるから。
 きっと、本当の天龍の顔を見られると信じているから」

 不思議な会話だった。
 現実ではない夢だとわかっている、そんな中での会話だ。

「ねえ天龍……後宮の外は、厳しくて、冷たいわね……」
「ああそうだよ。外の人間は冷たいんだ。だから姉上は、ずっと後宮で――」
「外の人間が悪い、とは思ってはいけない気がするわ。
 だって彼らにとってそれは当たり前で、その当たり前を正そうとしてこなかったのは、私たちで……。
 私、後宮に戻ったら、できる限りのことをしていきたい。
 絶望の涙を流させる人を、人生を諦めてしまう人を、少しでも減らすために……」
「…………」
「後宮の中でできないというのなら、外に出て……」
「ふ、はは……」
「何がおかしいの?」
「忘れていたよ。姉上はそういう人だって。
 俺の思うがままに動いてくれたって、安堵なんてできやしなかった。
 そうだ。姉上はそういう人だ。
 手に入れるには、だから俺は、偽り、騙し、縛ることしか……」

 天龍はよくわからないことを、一人でつぶやいている。

「天龍? どうしたの、天龍……?」

 手を伸ばそうとして、はたと、自分が何も服を身につけていないことに気づいた。

「!!」

 慌てて私は近くにあった柳の木の陰に隠れる。

 ああ、どうしてこんな格好に……!

「どうしたの、姉上」
「こ、こっち来ないで!」

 いくら弟とはいえ、こんな姿を見せるなんて……!
 家族だから赤の他人よりはいいけれど、それにしたって、恥ずかしい!
 いや、家族だって駄目だ。
 こんな、全てがあからさまになっている姿は、未来の旦那様以外には見せちゃ駄目で、だから天龍にも駄目で……。

「…………」

 ああ、服! どこかにないのかしら。夢なのだから、それくらい融通を利かせてくれたって……。

 混乱しているうちに、夢は明けていった。

   *   *   *

「まだ、着替え終わりませんの?」
「え、ええ。もう少し待ってちょうだい」

 室の外に向かって、何度目かの同じ言葉を投げかける。

「着替えくらいに、何を手間取ってらっしゃるの……」

 銀蓮も私を待って、朝餉もまだなのだから、あきれるのも無理はない。けれど仕方なかった。

 そもそも私は後宮にいるときは、基本的に女官に着替えさせてもらっていた。
 まったく着替えられないというわけではないけれど、着替えるときは、女官たちの動きや手順を思い出しながら、ゆっくりとすることになってしまう。慣れてないのだから仕方ない。

 そして更に、痛みのせいだ。服が擦れるだけで痛いものだから、どうにかあまり服に擦れないように調整しているのだけど、それがうまくいかない。

(ああ、もう、嫌……。
 どうしてこんな……後宮にいれば……天龍のところにいれば……戻れれば……)

 そんなことを思いながら、四苦八苦していた。

 ――夢中になっていたのが悪かったのだろうか。

 扉が、急に開いた。

「!? な、ど、どうしたの、銀蓮……」
「どうしたのじゃありませんでしょう。
 何度も呼びかけたのに、答えがありませんでしたわよ」

 着替えに必死になりすぎていたため、聞こえなかった。

 着替え途中の服を押さえながら、

「あ、ごめん、なさい。気づかなくて……」
「逃げる算段をつけるのに夢中で?」

 銀蓮は寝不足なのか赤い目をしていて、私に疑いのまなざしを向ける。

「ち、ちが……」
「いつもより大分時間が掛かって、まだ着替え終わっていないようですわね。何をしてらっしゃったのかしら」
「何も……! ただ着替えていただけで」

 銀蓮の剣幕に後ずさり、寝台にぶつかって、倒れ込む。
 動きを封じるように、銀蓮は私の顔の横に手をついた。

「ただ着替えていただけ? それはそれは結構なお時間がかかったようですわね。さすが公主さま、下々の者とは違いますわねえ」

 揶揄するような響きに、顔がこわばるのがわかった。

「こんなところじゃ……なければ、私だって……、後宮なら、こんなこと、私だって……」

 帰りたい。
 もう馬に乗るの、嫌だ。
 痛いの、嫌だ。
 後宮なら……天龍のところにいたなら、こんなに痛いことにならなかったのに。

 じわりと涙が視界を揺らす。

「天龍の、……なら……ぐす……痛くなかった、のに……。こんな……銀蓮と……て……痛くなるの、やだ……」

 銀蓮は眉根を寄せる。

「……痛くなかった? わたくしが痛い? 何が?」
「…………」

 喘ぐようにぽつりぽつりと、目元を手でぬぐいながら、答える。

「お尻の、あたり……」
「…………」
「天龍の、……な、ら、痛く……かったのに……」
「……………………」

 銀蓮の顔は、引きつっていた。

「……そうでしたの……。
 陛下となら痛くなくて、良かったですわね」
「う、ん……」

 そう、あの頃は良かった。

「……………………。
 では、気持ちよかったのかしら?」

 意味がつかみとれない。後宮での平和な暮らしに対して、それはどういう意味だろう。
 まあ……快不快を問われたら、良いものであったことは十分にわかっていたので、うなずいた。

「…………。
 あの皇帝……血の繋がった姉に対して……。鬼畜め、地獄に堕ちろ」
「え?」
「ところで……わたくしなら痛いとか何とか、おっしゃっていましたわね? 想像とはいえ、ひどいではございませんか。実際にしてみてからおっしゃってもらいたいものですわ」

 言っていることが理解できない。
 何が何だかわからないうちに、銀蓮の足は私の足を割り、寝台に音が鳴る。

 先ほどとは別の恐怖心がわき起こり、逃げようともがく。

「そのように暴れては、着物が乱れてしまいますよ」

 着替えも途中の身であった私は、身体をひねっただけで、はだけて、人前には出られないような格好になってしまった。

「ぎ、銀蓮、何を……」
「何を? 貴女はとっくにご存知でしょうに」

 乱れた服の裾から覗く脚に手が添わされる。
 わけのわからない恐怖心が収まることはなく、逃れようとうつぶせとなった。

 けれど銀蓮の手は離れることなく、そのまま上っていく。

「っ、駄目、そこは――」
「ふ、今更――」
「!! っ、いたっ……!!」

 銀蓮は私の悲鳴に、手を離した。

「…………。
 どう、したの。ここ……こんなに腫れて……それどころか皮がめくれて、血も……。
 どうしてこんな状態に」
「……馬に、乗っていたら、そんなことに……」

 銀蓮は無言のまま私の上から離れて、室を出て行った。

「う……」

 惨めさと恥ずかしさでたまらなかった。

 馬に乗っただけでこんなことになったことに、その傷口を友――いまだに銀蓮が私のことを友と思ってくれているかは微妙だけど――に見られたことに。

 きっとあきれた。銀蓮はあきれて出て行った。

 べそべそと泣きながら、私は着替えの続きを再開した。

   *   *   *

 扉を叩く音がする。

「今、入っても大丈夫?」
「銀蓮? ええ」

 銀蓮は入って来るなり、小さな壺を差し出した。

「塗り薬。この町の薬師にもらってきましたの。毎日塗れば、次第に元に戻るだろうって言っていましたわ」

 銀蓮は微笑んだ。それは、後宮の中で私が何度も見た、心安らぐものと同じだった。

「貴女の傷が癒えるまで、しばらくこの宿に泊まっていましょう。このまま馬に乗っても、治るものも治らないでしょうから。
 気づかなくて、ごめんなさいね。貴女が馬に乗ったことがないのも、馬に慣れない人がこんな痛みを引き起こすことも、考えれば当たり前のことでしたのに」

 優しくいたわってくれる銀蓮は、後宮にいたときの銀蓮と同じで……。
 
「銀蓮……」
「辛かったでしょう。さ、薬を塗りましょう。横になって」

 私は優しい言葉に感極まり、素直に横になった。

 銀蓮は元に戻ってくれたのかもしれない。
 私の身を傷つけると脅すようになってから、私たちの関係は壊れてしまった。
 でも、こんな風に微笑んで、私の身を思いやってくれるなら、元に戻れるのかもしれない。

「銀蓮、ありがとう……」
「何を感謝する必要があるというのかしら。こんなことは当然のことだわ。だって」

 壺の中から塗り薬をすくい、銀蓮は続けた。

「だって、不本意に貴女に傷を負わせたところで、貴女は何の学習もしないでしょう?
 『貴女がよろしくないことをした罰として』傷を負わせなければ、貴女には何の罰にも鞭にもなりはしない。ただの事故でしかないでしょう?
 間違っている貴女を正すために、わたくしは共にいて、あの皇帝から守っておりますのよ。
 だから、ね。
 早く傷を治してちょうだい。
 次に貴女が傷を負い、身体の一部を損なうときは、貴女を正しい道へ進ませるため、わたくしが負わせるものでなければならないのだから。
 逃亡への希望を砕く、一番、効果的な場所を選んでさしあげる。
 ああ心配しないで。
 きっと何を失っても、どこが腫れ上がっても、どんな奇妙な身体になろうと、貴女はわたくしにとって、まぶしくて美しい存在。
 わたくしが貴女から離れることは生涯ありませんから」



















 2014年は午年ですが、年末に年賀状を書いていると、ふと、「馬」といえば、そういえば公主月奇譚にラストに馬が出てきたエンディングがあったなあ、と思い出しまして、今回の話を書くことにしました。
 正月のめでたさとか皆無ですね。
 まあ仕方ない。この結末の後でしたから。
 主人公は乗馬を初体験です。普段は後宮内しか移動しませんし、せいぜい輿に乗る程度。
 別のエンディング後の話の方が書きたい気持ちはあるのですが、とりあえず馬に関連する話ということで、今回はこれで。

Copyright © 2014 夜天地図 all rights reserved.